不登校の息子と人間の所属欲求に対する考察および実験

 

うちの小6息子は不登校野郎。

 

小3で不登校になったころはほんとに大変でした。

彼はストレスのあまり、全身をかきむしって、関節部分は全部血だらけになっていたし。

 

で、数年たち。

いまこの不登校野郎は、明るい。

 

明るいというか、毎日何の悩みもないというか…ニコニコしています。

いや、ちゃんと考えているのは知っている。うん。

 

 

だけど、なんかこう、不登校で悩んでます、家で引きこもって荒れてます、疲れてます

そういうのは微塵もない…。

 

彼の世界観はとても優しくてシンプルです。

 

それは私にも、そして、私の夫にも(彼からみると父)にも

世界観にとても良い影響をあたえてくれています。

 

 

そもそも、彼には小さいころから

「人に合わせないといけない」とか

「競争して勝つと気持ちいい」とか

「人の言う通りにしないといけない」

という意識がまったくありませんでした。

 

特に、彼の興味深いところは

マズローの欲求5段階説でいうところの

「愛と所属の欲求」

「承認欲求」

がほぼない事で。

(この説が正しいかどうかは置いておいて)

 

引用:https://jibun-compass.com/maslow

 

 

「承認欲求」とは

自分を認めたい、他の人から認められたいという気持ち。

 

「愛と所属の欲求」とは

社会とかかわりたい、集団に属したいというもの。

そうでないと、人間は不安でしょうがなかったりします。

これは、集団に所属することで「安全を確保する」「出自を明らかにする」「他者へ安全だと証明する」安全への欲求もあるのかもしれない。

 

 

だから、学校でも、会社でも、何でも所属したがり、所属することを良しとします。

大元は人間の根本的な不安からきています。

自分は何でもいいから所属しないと不安なので、そこからはずれた人を見ると、「おかしいぞ」といいたくなるし、「そんなんじゃやっていけないよ」と言いたくなる訳です。

 

 

ところが、息子にはこれがどうもないのです。数年見てきたけど。

 

 

ないという事は

・特殊な人間なのか

・それを必要としない段階、つまり一番上の「自己実現の欲求」の段階にいるのか

という感じなのかなと思う。

 

そこに私は実はいつも「息子スゲーな…」と思っている訳で。

 

というのは、以前に「お金」についての講座を受けたことがあるのですが

そこで、「父的存在」から、自由になることが、お金の不安から逃れるコツという話が出てきたんですね。

 

 

この「父的存在」とは、父親であり、社会、権威、権力、集団意識、社会法 といったものです。

つまり、「愛と所属の欲求」「承認欲求」に関係します。

 

「父的存在」からの要求を普段意識している人はほとんどいないと思いますが。

身内が不登校になったら、すぐに分かるので楽しみにしておくといいです(笑)

 

この「父的存在から自由になる」という状態ですが

これを私もやろうとしているのですが、なかなかに難しいのです。

それぐらい、体に浸み込んでいるんですね。

 

 

ところがですねーーー、目の前にいる小6の息子が

軽々と、それをやってのけてるというか、超越してやがるんですよ。

 

 

どういう事かというと、例えば、小学校にいってないからって、別の学校に行かなきゃとか、場所にいかなきゃとか、ないんですね。

所属欲求がないか、その段階を超えてるから。

 

所属欲求や承認欲求では動かないんです。

 

 

最初はわたしも「だったら他の学校にいってみては」なんてやって、色々と見にいったり、通ったりもしていたんです。

でも、彼はまったく必要としていませんでした。

結局

「これは私の所属欲求からくる不安で私の問題」

「彼には不安はない」

「私の段階を超えてる人間かも」

と思いいたり、そういった事もやめました。

 

 

もちろん、いろいろな情報だけは、さりげなく持っていきますが。

世界が狭くなるのは本意ではないので。

 

 

もはや、ここまでくると私の中では

 

「この超人類みたいな息子が、自然に育ったら、いったいどうなるのか見てみたい」

というサイエンティスト的な気持ちがムクムクと湧いてきてしまっています。

 

だから何になるというのは全然ないのですが。

 

こういう人間がいるというのは、人間という種にとって、良いのではないかと思っています。

 

意味のない、とりとめのない話でした。